黒猫の見る夢 if 第14話 |
C.C.との通信から1週間。 ほぼ毎日のようにアーニャはスザクの元へ訪れ、その度にスザクが飼っている猫に会わせて欲しいと口にした。 その瞳は普段の彼女のものではなく、口調も似せてはいるが、どこかおかしい。 これがルルーシュのいう、ギアスに操られている状態なのだろう。 その申し出に、スザクは毎回「いいよ」とあっさり答え、キャメロットに連れて行きアーサーに会わせるのだが、明らかに会いたいのはこの猫じゃないという態度でスザクを睨んだ後、その瞳は元のアーニャのものへ戻った。 そして毎回「私、どうしてここに・・・」と、困惑した表情と声で呟くのだ。 ギアスで乗っ取られている間、彼女の記憶は無く、昔からそうやって記憶が途切れ、気がつくと別の場所にいたり、何か作業をしていたりするのだという。 ラウンズにも、気が付いたらなっていたというのだから驚くしか無い。 だから自分の言動が、記憶が信じられないから、いつも携帯で記録を残している。 こんな身近にギアスの被害者がいたことに、そしてその原因を知っていても話すことができないことにスザクは居た堪れない気持ちになっていた。 ルルーシュはスザクからその話を聞いているため、誘拐されないためにも普段はランスロットの中で過ごしていた。パソコンと水、食糧が持ち込まれたその場所には、もちろん全自動トイレも新たに購入し設置している。 ロイドは嫌がっていたが、ラウンズであるスザクの部屋を荒され、狙われているのはおそらく皇帝から賜った猫。スザクをラウンズから引きずりおろし、処罰するのが目的かもしれないと話すと、ランスロットのパーツであるスザクを失うわけにはいかないとしぶしぶ承諾してくれた。 だが、ルルーシュはランスロットの中を荒すことなく大人しくしているし、中を弄る時はすんなりと場所を明け渡し、大人しく作業が終わるまで待っているので、持ち込まれた荷物が邪魔だという以外では、ロイドに不満はないようだった。 付着する毛の問題は、迎えに来た時にスザクが清掃しているため、こちらも問題ない。 なんで猫にパソコン?と不思議そうにしているぐらいだ。 そんな1週間が過ぎたころ、キャメロットでは一つの事件が起こった。 作業をしていた全員が、突然同時刻に恐ろしい悪夢を見、意識を失ったのだ。 監視カメラの映像で、鮮やかな緑の髪の少女が悠然とキャメロット内を歩き回り、ランスロットから黒い何かを取り出し、大切なものを扱うようにそれを鞄にしまうと、そのままキャメロットを後にしたことが解った。 すぐさま検問が引かれ、陸海空全てを封鎖し少女を探したが、その姿を捕らえる事はできなかった。 皇帝はすぐに緑髪の少女に関すること、そして奪われたその黒いものに関して緘口令を引いたため、検問の理由も内容も、知る者はごく一部の者だけであった。 その日、ランスロットから持ち出されたのは、皇帝より下賜された1匹の猫だった。 皇帝の召集が掛かるまで一時待機となったスザクは、自室へ戻るとどさりとソファーに腰を下ろした。顔を俯け、その視線は床に向けられてはいたが、その瞳には何も見えてはいなかった。 奪われた。 映像に映っていたのはC.C.。 あの通信でルルーシュがスザクの傍に居たことを知って動いたのだろう。 彼女に、奪われた。 ふと何かが手に当たり視線を上げると、ルルーシュが寝床にしている籐の籠がソファーの上に置かれたままとなっていた。 獣へと姿を変えられはしたが、心も記憶も人のままだったルルーシュ。 自らの命を絶つため食を断ち、やせ細っていたルルーシュ。 スザクの元へ来た時点で、ルルーシュは理解したのだろう。 かつては日本との戦争の切っ掛けとなるために死んでこいと、枢木に捨てられた。 今度はスザクをラウンズから引き摺り落とすために死んでこいと、枢木に捨てられた。 スザクへの憎しみと、その事実に対する恨みで生きる道を選んでくれていたのに。 傍にいて、支えてくれていたのに。 スザクはラウンズの服を脱ぎ捨てると、浴室へ向かい、熱いシャワーを頭から浴びた。 たとえ人の姿ではなくても、傍にいてくれればそれでいいと、君を守れると、そう思っていたのに。 奪われた。 「・・・悩む事なんかない。奪われたなら、奪い返すまで。あれは・・・俺の物だ」 必ず取り戻す。 浴室から出てきたスザクの瞳には強い意思が戻ってきていた。 キャメロットへの謎の襲撃から数日経った頃、ラウンズの控室に集まっていた面々は、全員設置されているテレビに視線を向けていた。 そこに映し出されているのはゼロ。 テレビ局の回線をジャックし、流されたその映像、その内容はブリタニアへの宣戦布告であった。 エリア11だけではない。 各国がブリタニアに対して戦争を仕掛けようとしている。 その事態に、皆真剣な表情でゼロの演説を聞いていた。 ルルーシュは元には戻らない。 ならばこれは別の人間の言葉。だと言うのに、その声音も、その言葉も、ゼロそのものであった。 スザクの心は、先ほどからざわざわと騒いでいる。 ルルーシュではない。 ありえない。 なのに、何でこんなに心がざわめく? 演説を終えたゼロは、何故かしばし沈黙をした後、再びその口を開いた。 だが、その声音は今まで話していたゼロの物ではなく、明らかに別人のものであった。 『シャルル、お前に伝えておかねばならない事がある』 そう言いながら、そのゼロは仮面に手を当てると、躊躇うことなくそれを外した。サラリと流れる緑の髪。その仮面の下から現れたのはC.C.だった。 その姿に、全員が息を飲む。 「女・・・だな」 「ゼロが、女?」 「・・・違う、彼女はゼロじゃない。どういうつもりだC.C.っ!」 すぐに反応を示した同僚の言葉に、スザクは否定の声を上げ、画面を睨みつけた。 『ああ、私はゼロではない、ゼロの影武者の1人だ。ゼロは今、別件でここにはいない。だが、先ほどまでの演説は、通信機を通してゼロ本人が行っていたものだ。・・・ゼロには悪いが、シャルル、お前に言っておきたい事があってな。こうして仮面を外す事にした』 そう言いながら、C.C.は外した仮面を小脇に抱えた。 『シャルル。響団もV.V.のコードも既にこちらが抑えた。だからもう、ラグナレクは成されない。お前の計画に私はもう協力などしない。お前はしてはいけない事をしてしまった』 無表情のままC.C.は淡々とした声音で話し続けた。 『お前は、自分の子供たちを実験台とし、お前の直轄の研究機関で人体実験を繰り返してきた。かつて私のこの体もまたお前の実験の為に使われていた。その事は別に構わないさ、私も承諾していたからな。だが、お前たちの子供の中で、特にお前の実験の犠牲になった二人に関して、私はお前を許すつもりは無い』 冷たい声音で、目を細めながら語られるC.C.の言葉は、ブリタニア皇帝自ら人体実験を行っていると言う告白であった。 『庶民の出であった、わが友マリアンヌ。その子供たちに行ったお前の仕打ちに、私は怒っている』 マリアンヌの子供。 それはルルーシュとナナリーの事だ。 スザクは息を飲み、画面を見つめた。 『あの二人の子供は、生まれる前からお前の実験材料だった。兄はお前の望む特性を持たず生まれたが、妹は生まれた時から人の心の動きを読むと言う特異な力を持つ事に成功した。お前の他の子供たちも、お前が望む結果を出せなかったため、唯一特性を得た娘、ナナリーが最初の犠牲者となった』 そこまで話した後、C.C.は一度言葉を切り、携帯を取り出した。どうやら着信があったらしい。すぐにそれに出ると『煩い、黙れ。いいかゼロ、私は本当に怒っているんだ。だから、お前は大人しく聞いていろ』と、言い捨てるとその携帯の電源を落としていた。 そして再び視線をカメラへと向けた。 ゼロに対し、そんな態度を取れる人物。 その事が解ると、全員の眼差しが真剣な物へと変わっていった。 『マリアンヌを殺害した犯人をお前が隠している事は知っていた。あの日、現場に娘であるナナリーが居合わせ、犯人によって足を撃ち抜かれ歩けなくなった。そしてその恐怖で目を閉ざした。・・・良くできたシナリオだな。だが実際は寝室で休んでいたナナリーを既に事切れたマリアンヌの腕に無理やり抱かせ、その足を撃ち抜き、強力な暗示で目撃者として仕立て上げ、その瞼が開かないようにした。その理由を聞いたときは耳を疑ったぞ?歩く自由と、五感の一つである視覚を奪う事で、ナナリーのその特殊な力が大きくなるかもしれないと、その実験の為にマリアンヌを殺したんだからな』 「な!?」 「マリアンヌ様を、その様な理由で?」 「まて、これはテロリストの発言だ。惑わされるな」 かつてラウンズのシックスであったマリアンヌ。 ラウンズの中では伝説と言ってもいい存在の死の真相。 それは例え偽りであれ、此処にいる者の心に大きな衝撃を与えた。 『だが、結果は思わしくなかった。ただ、無駄にナナリーの体が不自由になっただけ。だからお前は捨てたんだ。兄と共に開戦のきっかけとして死んでこいと、日本にな。そして私に言ったな?兄を、ルルーシュを私の願いを叶える為の生贄にしろと。私はそれを承諾し、幼い二人を追って日本へ渡った。そして、お前が放った暗殺者から二人を守り、その成長を見守り続けていたんだ。だが、お前は中々二人を殺せない事に苛立ち、きっかけなどもういいと、とうとう日本と戦争を始めてしまった。・・・兄のルルーシュはとても賢い子でな、どうやったかは知らないが二人共その戦争で死んだ事とされ、別の戸籍を手に入れ生き続けていた。エリア11と呼ばれるようになった日本でな。だが、あのブラックリベリオンでお前は二人を見つけてしまった。そう、お前は二人ともあの日に発見し、ブリタニアへ連戻した。だが、皇室に戻ったのは妹ナナリーだけ、そして兄ルルーシュはいまだ行方知れず。その事に、私が不振を抱かないと思ったのか、シャルル』 C.C.はそう言うと、ゼロの仮面を両手でもち、視線を仮面へ向けた。 『私はルルーシュを探した。ゼロと共に。・・・なあ、シャルル。血を分けた息子が死にゆく姿を見るのは楽しかったか?その心が壊れる様を見るのは、そんなに面白い事だったのか?』 それまで無表情だったその顔に、C.C.は悲痛な表情をのせ、そう言った。 『あの子を、私のっ、この永遠を生きる魔女C.C.に生贄として差し出して置きながら、私から奪い、壊したな、シャルルっ!お前の実験の素材としてあの子を使い、その体を、心を、お前はっ!!』 その顔に怒りを乗せ、仮面が軋みそうなほど、その手に力を込めながら、C.C.はそう叫んだ。そして一度両目を閉じると、再びその顔から表情を消した。 『・・・なあ、シャルル、教えてくれないか?あと数日と持たないまでに衰弱したルルーシュの看病を、その友であったナイトオブセブン・枢木スザクにさせたのは何故だ?ああ、枢木も特異な身体能力を持っていたな。ルルーシュが死んだらそれを理由に、枢木も実験体にするつもりだったか?ナンバーズを騎士にした理由など、それしかないよな?最初から、枢木に日本を返すつもりなどなかったのだろう?理由をつけて実験材料にするつもりだったのだろう?純血派であった、かつてマリアンヌの、アリエスの警護をしていたジェレミア・ゴットバルトを実験材料とし、その体を作り替えたように!』 怒りを瞳に乗せたC.C.は、自分を抑えるため息を吐くと、再び仮面を小脇に抱えた。 『だが、感謝するよシャルル。枢木にあの子を預けた事を。親友であった 枢木のおかげであの子の命は繋がった。気付いているだろう?枢木には悪いと思ったが、ルルーシュはすでにこちらで保護したぞ。そして黒の騎士団の別働隊が既にナナリーも確保している。もうあの子たちをお前の玩具にはさせない。わが友、マリアンヌの子供たちが穏やかに生きることが今の私の望み。邪魔は、させない。あの子たちをこれほど傷つけ、壊したお前になどもう興味は無い。お前の願いは叶わない。叶えてなるものか。コードを失ったお前に、神を殺す事などもう不可能だ。神の住まう場所へ行く事も、もう許しはしない。全てこちらで閉ざした。ブリタニアにある扉も全てな。お前の綺麗事を聞くつもりはもうない。さようなら、だ。シャルル』 画面の中のC.C.はそう言うと、再び仮面を被り、テレビカメラの前から姿を消した。 |